若さの価値、加齢と共に失われる可能性

若さは偉大だ。可能性が大き過ぎる。確かに出目によってスタート地点は違うかもしれないが、可能性の大きさは何事にも代え難いものだ。

時間を何に変換するか

人生とは突き詰めればお金や時間を何かと変換するかをひたすら交換する行為の連続だと思う。上手く価値あるものに交換し続けられれば良い未来が待っているかもしれない。

経済力、時間、人間関係。多くの人が悩むポイントはこれらの問題だ。お金が欲しい、足りない。時間が欲しい、足りない。良い仲間や恋人が欲しい。そうやって日々は繰り返される。

幾度と無いお金と時間の交換という行為の連続の中で何も残らない人と何か資産性のあるものが残る人の違いは何だろうか?

頭の中身は奪われない

僕の好きな言葉で人間の勉強して得た知識や経験、頭の中身の事は奪われないという言葉がある。どうやらユダヤ人か何かの昔からの教えらしい。自らの国家や土地をなかなか上手く得る事ができずに転々としていた彼等なりの知恵である。

結局はそういった知恵が大切なのは言うまでもない。確かにお金も大切なのだが、お金や何かしらの価値をいつでもある程度のレベルで生み出せると言う事は心に余裕を生む。

若さとは可能性である

若さとは可能性だと思う。人生のターニングポイントを越えると段々と自分の選択肢が減っている事に気付かされないだろうか。

現在の僕は好奇心も多少は未だあるが、今まで培ってきた自らの専門性や得意分野などの物事を深めていく方が得だと考えている。

年をとればとるほど新しい事を学ぶ事や身に付ける余裕が減る。僕のような時間が比較的ある人間でもそうなのだから忙しいサラリーパーソンにそういった時間はなかなか取りづらいだろう。

上手に交換をし続ける

価値観は人それぞれなのは承知の上だが、僕の少ない人生経験の感想では、お金・時間・人間関係・知識や健康などのベーシックな部分に時間を割くのが良い生活を送るのに必要不可欠だと思っている。

空き時間があったら散歩をするのも良い、小遣い稼ぎの副業も良い。職能を高めていくのも良い。何にせよ、限られた人生の時間で有益な事は何かを常に考える事が大切だと僕は思う。

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