人生は運だと思うし、今となっては不遇も受け入れている。

スポンサーリンク

結局人生は運だ。最初の段階、出目で随分と人々は違う。親が金持ちか?親が見た目が良いか?親が頭が良いか?親が一般的に好まれる性格か?そういった事は殆ど継承されてしまう。ある人は大学に奨学金で通う。社会人になった瞬間に数百万円の借金を背負う。逆に無借金で社会人がスタートする人もいる。平等などどこにも無くて不平等だらけだ。それはそれで良いけど、そういう本音と建て前のコンテキストを読むのが苦手な人には苦しい世の中だなと思う。

一度、レールや社会から退場してしまうとわかるけれども、働く気は無くなる。それでも、自分なりのスタイルでなんとか形にしたり働いたりお金を稼ぐけれども、あまりあのような場所に戻らなくても良いかなと思う。勿論、戻って上手くいく人もいるかもしれないけれども、大体の人がフラフラ生きている印象だ。

僕は余力があるから今の有閑隠居スタイルを取っているけれども、仮に余力が無かったら働いているかもしれない。もしくは本当に工夫して余力が無くても有閑隠居スタイルを取っているかもしれない。そればかりは実際にそうなってみないとわからない事だけれども、本当にそう感じる。

10代の終わるから20代の始めにかけて、グチャグチャな状況を味わったけど、意外と人は生きているよなと思う。苦しくて眠れない夜とか、後悔で悩む夜もある。でも、歩むしかないし一晩寝ればオールオッケーである。

僕は一般的な社会人というか常識的なサラリーマンをやっている大人の大半と相性が悪い気がするのだけれども、何だか彼らの事が全く理解できない。彼らもきっと僕の事を理解できない。それでも、僕は法律は守るし、最低限のマナーを守って社会で暮らしているので咎められるつもりはない。

昔はフリーターをやっていた頃に随分と正社員のオジサンに嫌味を言われていじめられたし、今のようなフリーランスになっても随分と会社員のオジサンに嫌味を言われたけど、彼らは人を貶める事でしか自分の価値を判断できないのだと思う。

勿論、サラリーマンにも良い大人もいるだろうし、立派な人もいるのかもしれない。それぞれの持ち場の苦悩なんて実際にやってみないとわからないけれども、何かああいう大人にはあまりなりたくないなという姿が僕の人生で出会ってきた人の中には割と多かった印象である。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする