暇な時ほど素振りを怠らない。機会があれば飛び込む。

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暇な時や上手くいかない時はある。そういう時こそ素振りが大切かなと思っている。僕の中の素振りとは言わば自分を高める為の筋力トレーニングであったり勉強や読書であったり、精神的に心地良い事をやろうよ、色んな人と本音でぶつかってみようとみたいなテイストなのだが、これがなかなか難しい。僕はずっと文章だけは何年間も書き続けていて、全然まとまったお金になってないけれども、これが生活の一部になっている。楽しいし悪くない趣味の仕事だ。これも素振りを続けていたから成り立っているのだろうなと思う。

人生にチャンスとか何かを試みるタイミングというのはある気がして、そういうタイミングでエイヤッ!ってできるか否かがその人の人生の豊かさを左右すると思っている。例えば、僕の場合で言えばブログを書いていたら文章を褒めて下さる方がいて、そこからライティングを始めた。

仕事のみに限らず、人間関係でもちょっと面白そうな出会いだけどエイヤッ!をするか否かで自分の生活の豊かさとかが変わってくると思っていて、僕は余程危なさそうな人でなければ人間関係には飛び込む事にしている。

それぞれの価値観があるので年配の方からはよく否定されたり説教もされる。もしかしたら、自分はとんでもなく明後日の方向へ行っているのかもしれないし、ある意味自由にやっていて余裕のある時間を持っている若者に対するひがみかもしれないなと思って聞き流している。

何かに飛び込むと発見があって、僕は今までヤンキーと呼ばれる人たちが苦手だった。特に地元じゃ負け知らずみたいなマイルドヤンキーみたいな人が凄く苦手な頃合いもあったのだけれども、そういう人にも飲み屋とかで僕は絡まれる。大体彼らにはおとなしく礼儀正しくしていれば問題無く進むし、もっとフランクにはっちゃけようぜ!と言ってくれるくらいだ。気が付いたらお酒をご馳走して貰ったりしてこちらも気分が良い。

きっと、こういう新たな出会いや一期一会のような繋がり方は、自分の世界をずーっと閉じてしまっていたら起こらない。敢えて試してみるという姿勢が大事なのだ。そして、そういうチャンスの時に普段から色々な事を考えたり準備を怠っていない事が試される。

新しい出会いの中では、そういう考え方があるのか、そういう働き方やライフスタイルがあるのかと言ってもらえる事があって、比較的柔軟な感性の人に出会うと救われる。ああ、きっとこれからも僕は多くの人と出会い別れて、沢山傷付いたり沢山笑ったりする。そのような日々の繰り返しだ。

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