辞書

文章は凄いなと思う。本は最高だ。実直な感想だ。シンプルに凄いとしか表現できない。最高だとしか思えない。よく言われるのが優れた書物を読む事は歴史上の偉人と語っているのと同じような意味合いがあるという事。だから、僕達は慎重にタイミングに合った本を引き当てなくてはならない。何度も同じ本を読む事自体が珍しいからだ。

でも、最初はきっと乱読でも良い。乱読のセレンディピティというタイトルを付けられた本があるくらい多くに多読や乱読といったものの重要性は問われている。ただ、自分自身の成長というタイミングに合った本を引き当てられるか否かというのは一種の運だと思う。

大袈裟かもしれないがこの本があったから僕は生きているとか、この本のこのフレーズがあったから踏みとどまる事ができたとか、そういう大きな事もあるかもしれない。また、多くの著書と対話を重ねる事で様々な出会いと別れを短期間で僕達は経験する。

小説は実用書に比べて価値が低いとされるが、実は人間模様を描いた小説というものは人生の大切なテキストだ。登場人物と自分自身を重ねて代理体験をする事により、人生を一度のみならず何度も経験したような感覚に陥る。

僕は青春期に堕ちた。酷いくらいにズタボロになる中でも手放さなかったものは書籍の数々だった。あの時、一線を超えずに、自分自身をここまで生かしてくれたのは沢山の書物と沢山の文章や言葉だと思っている。

悪い仲間とつるむくらいならば優れた書物を友にしなさいと何かに書いてあった。きっと、それが生きて行く上での一つの処世術であり、真実だ。どうしても自分自身の能力や精神レベルが周りの人間と大きく離れた場合には人は無情にも身近な人間よりも書物を選ばなくてはならない時もある。

ただ、そこまで悲しむ事でも無い。きっとこの文章を読んで共感してしまった、悩みやすい人や考え込みやすい人、人より敏感に物事を感じてしまう人。そういった人ならではの生き方があるはずだ。

悩みの数は真剣に人生に向き合った証拠だ。悲しみの数や失敗の数だけ僕達は優しく人の気持ちを考える事ができる。きっと、多くの苦しみは他人より先取りして人生の闘いをしただけなのだろう。

言葉は力だ。時に言葉は人を傷付ける、時に言葉は人を自殺に導き殺す。だが、逆に言えば言葉は人を助ける、時に言葉は人を生きる道へ導く。

自らの辞書に悲しい言葉、嬉しい言葉、人を傷付ける言葉、人を助ける言葉、色々な言葉が人生を積み重ねるに連れて増えていく。僕は今大切な誰かの為に一生懸命自らの辞書から言葉を込めて文章を書いている。

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