所作

人を判断する時に何を見るか?話している言葉の内容だろうか?僕はそれよりも行動を見る、所作を見る、顔の表情を見る。人間というものは面白いもので言葉でどれだけ綺麗な事や正論を述べていても行動で嘘をついてる事がある。

敢えて嘘を付くのは優しさだろうか。ハッキリ言うのは優しさだろうか。僕は未だにわからない。そうそう、僕は口先では熱い事を言っているのに全く行動に移さない人間が苦手だ。青年は夢を語る。決意のような話を酒を片手に語らうものだ。でも、徐々に現実を見る。実際は無理だけど大きな事を言う。次の機会に会ってその事柄の質問をすると皆バツが悪そうな顔をするのは何故なのか。

何か夢があるならば、微力でもやれば良い。僕は文章に関する事がしたい、言葉に興味があると周囲の人間にある時期からずっと言ってきた。一応、思い通りの本意の事を書けているかは置いておいて、原稿料を貰える仕事も徐々にしている。

皆実行力が無い。何かを始めてもこれくらいが丁度良いと言う。そのような没頭しない計算した人の生き様に僕はあまり魅力を感じない。これからの時代は数値化やスペック化できる人間の価値が下がる時代だ。人間ならではの個性が問われる時代だ。自らの思想を練る事、何らかの手段で発露する事だ。

どんなに綺麗な事を言っても熱い事を酔っ払った勢いで言っても、実現性0ならばその集まりに価値は無いのではないだろうか。小さな所作でさえ僕達は見ているし、僕達は見られている。せっかく会話の中で大きな地図を広げたのならば、どうせならば皆でその場所へ行ってみよう。

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