最近になって普通のサラリーマンってのも悪くないよなって思う。

最近になると普通のサラリーマンという生き方や働き方も悪くないよなと思う。結局の所、多くの人の人生はレールの上を走れたら走れた方が幸せになれる。僕自身は脱線して列車が空に飛び立つような状況だけれども、僕のようなスタイルを万人に取れと言えるかと聞かれたら、とてもじゃないけれども勤め人の方がきっと気持ちが楽よと今ならば胸を張って言える。

今回このような保守的な訳

普段あらぶってきた僕がこのような保守的な解釈を述べるのには理由がある。あまりにもネットを経由した詐欺まがいな行為が横行している事が大きい。1ヵ月に5万円で暮らせる!シェアハウスで仲間!サロンで仲間!ブログだけで御飯が食べられる!ミニマリズムはカッコいい!仮想通貨で億り人!などなど様々なトピックがここ数年では流れてきた。だけれども、このようなトピックは一般の人達は最低限は知っているけれども、深入りはしていない。何故なのか?それはきっと実はそれ自体がヤバいからだと思う。順を追って説明していく。

1ヵ月に5万円で暮らす

まずはこれ。どうやってやるのだろう?と思ってしまった。僕は自分自身が最低限度の余裕を持って暮らすにはおそらく20万円くらいかかる。セキュリティのきちんとしたアパートやワンルームマンションの家賃だけで5万円かかる。勿論、光熱費などを除いてだ。他にも、仮にだが国民年金が1万数千円かかるのだが、もしかしてそれも払わない前提だろうか?万が一何かでコケた時にどうするのだろうか?信用経済という奴が守ってくれるのか?仲間によいしょして貰うのか?人は堕ちていく人を助けるほど優しくないのが現実だ。持たざる生き方を選んで自滅した人間に金を貸したりする人はいない。

何だかやたら仲間意識が強い

シェアハウスで仲間!サロンで仲間!それも悪くない。目的があるならばだ。お金を貯めたいからシェアハウスとかは若い内ならば良いと思う。でも、シェアハウスでは恋人も呼べないだろうし、友人も招けないだろう。サロンもやはり情弱ビジネスの色合いが強い気がする。昨今では大学行かないでサロンに入れば良いというトピックがあった。だけれども、その大学に入れたというシグナリングも馬鹿にできない。少なくとも大学に入れるだけの学力や一般常識、家柄である事を証明できるというのは保守的な考え方かもしれないが大きいと思う。

ブログだけで飯を食うブログ飯

先述したが僕がまともに暮らすには20万円は最低かかる。人によっては5万円らしいけれども、僕が健康的で文化的な暮らしをするには20万円はかかる。これは恐らくちょっと多めに見積もっているが、多くの人は15万円から18万円くらいで暮らしていると思う。それだけの金額を果たして新規参入した背水の陣のブロガーが生産し続けられるだろうか?

ミニマリズム

物を持たないとか、家は小さくても良いとか、同じ服を常に着るとか、色々な話がある。でも、結局僕の身の回りにそのような人は一人もいない。一種の生き方の芸風のようなものに感じる。勿論、参考にはできる部分があって、僕も洋服を買い過ぎるので選択肢を敢えて減らす事などは実践している。でも、多くのミニマリストを名乗っていた人は中途半端に断捨離をしていた気がする。徹底していない。そして、最近はTwitterのプロフィール欄にそういった事柄を書いている人も減った。そう、一過性のブームだったに違いない。

仮想通貨で億り人

多くの仮想通貨で一発当てると言ってた人はお星様になってしまった。どっかの限界集落に住んでいる人も一世一代の勝負に出てたようだがどうやら負けたらしい。仮想通貨の個人的なイメージはパチンコやパチスロの豪華版とイメージがまだまだ強い。そう、投機性が強い事が否めない。勿論、こういったブロックチェーンの技術は今後の世の中のキャッシュレス化やインターネット化が進むにつれて必須のものになるかもしれないのだけれども、ちょっとまだ怖い印象。

ネットは危険がいっぱい夢いっぱい

ずっとネットで遊んでいる人間なのだけれども、結論から言えば、ネットは危険がいっぱい夢いっぱいだ。1万人に1人くらいが一発を当てるとそれが再現性があるように思えてしまうのかもしれない。ただ、現実は甘くない。個人的にはきちんとした収入源や仕事、生活インフラを確保した上でそういったネット活動をチラホラとやる方が多くの人は火傷しないで済む気がする。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする